傍らに地の底 #1
水滴の落ちる音がする。
彼女は階段を下っていた。ただひたすら下っていた。理由など分かるはずもなかった。狭い階段を、自分の鼻先も見えぬ暗闇の中で、何かに急き立てられるように、壁だけを頼りにひたすら下った。
水滴の落ちる音がする。
湿度が高いせいか、髪が首筋に張り付く。カサカサと虫の這う音がそこかしこから木霊して、まるで虫の中に潜っていくようだ。それらを踏まないようにそっと足を踏み出せば、不快な感触を伴って、素足の下で苔が潰れる。白いワンピースの裾が、泥なのか苔なのか、それとも虫の体液なのか、分からない液体で汚れている。どれだけ汚れているのかもわからない。ただ濡れているという感触だけがそこにあった。
水滴の落ちる音がする。
既に限界だった。精神的にも肉体的にも疲弊していた。何度も戻ろうと思った。その思いを振り払うように何度も足を前に出した。ふと思う。どうしてそこまで頑なに下へ下へ行こうとするのだろう?なぜ一度も振り返りその階段を上らないのだろうか?と。振り返ってみると、そこには下を向いているのと同じだけの闇があった。
水滴の落ちる音がする。
不意に恐怖が襲ってきた。ここはどこで、どうしたら外に出られるのだろうか。下ればいいのか、上がればいいのか。下ったところで、辿り着くのは地の底のように感じられた。それでも行かなければいけないというだけの焦りがあった。
そういえば、と彼女はぽつりと呟く。
「私は一体誰なのだろう…」
水滴の落ちる音がする。