傍らに地の底 #2
得体の知れない闇と湿度と、苔や虫や今立っている階段よりも、数段気味の悪いもののように感じられた。暗闇以前の記憶がなかった。まるでこの身体ですら、誰か他の人間に感じられた。
自分はなぜ記憶がないのだろうか?その記憶が戻れば、―――あるいは戻る記憶もないのかもしれないが―――今この階段をただひたすらに下っている理由もわかるのだろうか。
水滴の落ちる音がする。
彼女はぶるりと身を震わせた。寒くはなかった。先程の比ではない震えるほどの恐怖がそこにあった。すべてが得体の知れない恐怖。自分すら信じられなかった。
頭の中に悪魔の笑い声が響く気さえした。嘲笑ではない、ひどく面白がる、赤ん坊の無邪気な笑い声のようであった。恐ろしかった。彼女は頭を抱えて座り込んだ。
「おまえ、あなた、あんた、きみ。ここで何をしているの」
不意に悪魔以外の声がした。鈴のような透明で、消え入りそうな、かといって小さくはない通る声だった。ついに天使のお迎えが来たのだと思った。身を委ねようと、彼女は疲れと恐怖に支配された身体を、そっと手放した。
「おい、ちょっと、ねえ!」
彼女の身体はゆっくりと柔らかな苔の上に倒れ込んだ。
水滴の落ちる音は、もうしない。